2/8 19:30追記とりあえず映画を見てきた。
色々思ったこと、感じたことをつらつら書いてみようと思う
多少の
ネタバレがありますがご了承をお願いします。
・そもそも映画化について具体的な中身の話は後でまとめるとして、内容は
いい意味でも悪い意味でも原作通りでした。
プラス要素は最後に一分ほどのオリジナルシーンがあったのと古泉のとある台詞ぐらいか。
そもそも涼宮ハルヒの消失がなぜこれだけ映像化が多く叫ばれていたのか
それは多分、消失の映像化について何度もおあずけを食らった感があるからだと思う。
原作ファンは今後の展開を大きく揺るがすキョンの自問自答
アニメからの人はCMのあの頬染める照れ屋な長門が見てみたいと思うものだ。
それを映画のスクリーンという大画面で
そりゃ金だすってもんでしょ
2時間40分という尺やエンドレスエイトの不必要な引き伸ばしを考えれば
やはり元はTV用に作ってたのかなぁとか商業的にはおいしいのかなぁと勘ぐってみたり・・・
それは作品外の話なので評価としては関係がないですよね
私たちは「涼宮ハルヒの消失」という料理を如何にして食べるかの問題ですから。
・映画冒頭必要最低限の情報しか示されておらず
アニメを見ているか原作を読んでいないと多少しんどい演出かもしれません。
ただそれでも理解しえるのはこの作品自体がわかりやすいストーリーとほどほどなSF、典型的なキャラ設定に基づいているのがあるのかもしれない
それこそ、こと今回に限れば過去に何があったかは知らなくても世界が一から構成されるのでまだ分からなくもない
(笹の葉ラプソディの件や長門宅の部屋に関しても絶対に知っておかなくてはいけないほどでもないし・・・)
キョンがいつものSOS団の活動にイヤイヤながらも付き合わされている
それはもう嫌と言うほどいつも通りの何気ない
日常。ここではむしろそこの方が重要なのかも知れません。
・急転直下の世界改変いきなりの事で事態を把握するので精一杯のキョン
ここでは
物語の主人公としての面が強いかも知れません。
主人公だから元通りの世界
(非日常)に戻さなくては。半ば話として、フィクションとして、キャラの一人として動いていると。
いつものハルヒの席には朝倉さんが座っている
朝比奈さんや鶴屋さんは初対面のような振る舞い
往く所々で変人扱いされる。
この辺は見てて痛かったです・・・
まるで
俺だけは!私だけは!あなたの言っている事を信じてるよ!頑張れ!と観客から言わせたいかのようにだ。
この時点で観客の心は掴んだも当然
かくいう自分もキョーン(ノ∀`)となっていた。(ぇ
長門に関してはいつもの冷徹で無駄も感情もないのが嘘のような可愛らしい極度の照れ屋で文学少女と呼ぶにふさわしいではないか!
この辺のキョンと長門のカットの割り方も温度差や状況を考えさせられる。
ここでキョンが長門へ押しかけるのだが頬染めるのはたまらんっ!
文芸部を出る際に長門から入部届を渡すシーンは原作挿絵にあるが
激しく萌えたwここで驚愕するキョン!
元の世界に戻るヒントを与えうるキーがなく諦める
ハルヒはどこだー姿を見せてくれと叫ぶ
この時点ではまだこの世界
(日常)のままでいいのではないかという考えがあまりなく
ハルヒを必要としている本当の自分にもまた気づかぬままであった。
・元へ戻れないか模索し奔走するキョンなし崩し的にSOS団の本拠地であった文芸部室
そこにヒントはないか模索するキョン
いや、むしろ他に行くあてがなく不安で仕方なかったのではないのか
そこで以前の事件をヒントにとある栞(これが今回の
非日常へのキーアイテム)を手に入れる
しかし書いてあることがあまりに抽象的すぎて今のキョンには分からない
逆に言えばそれだけしかヒントを与えるので精一杯という事と理解する。
それから長門に明らかな好意を受け家に行くキョン
そこで朝倉さんともご対面
朝倉さんから「どうして君はここ(長門宅)に居るの?」と聞かれる
そこでキョンは曖昧な回答しか出来ない
自分はこのやりとりに大きな意味で捉えてしまう。
質問の意図はあくまでも長門宅にという意味だろうが。
朝倉が執拗に長門をサポートする理由は言うまでもなく長門のサブ・リザーバーのために存在するのですから。
晩ご飯のおでんはやけに美味そうだった。
ごぼう巻きの作画が変だったのはなんでだろうなw
長門宅からの帰路で
キョンは自分の中で猛烈にハルヒに逢いたくなっている事に気づくここがこの話の一つの転換期となります。
・ついにハルヒとご対面!ついでに古泉とも谷口からハルヒの存在を聞きこの世界にもハルヒは居ることを知るキョン
八方塞がりの中の一縷の望み
藁にもすがる思いで行動に起こす。
校門の前でハルヒを待つ中で、こっちの世界
(日常)にももうひとつのSOS団があれば嫌だなと考える
それならすでに自分は用済みだしただの脇役でしかないじゃないかと。
そのありもしない第二のSOS団に嫉妬していたのだ。
もしそうなら
異様な行動をしているのは自分の方だということに気づく
こっちの世界
(日常)としてそれで丸く収まっているのなら、
キョンの中での「涼宮ハルヒの憂鬱」という話は終わってしまうのだ。それだけは嫌だ。視聴者もそれじゃあ嫌だ。
でもこの気持ちはものすごく分かる。
実はこの時点でこの映画のキーのようなものを示されていたのかもしれない
そうこうしている内にようやく見つけたハルヒ&古泉
いざという時に動かない足は妙にリアルだ。
そこでハルヒをジョン・スミスの話をして説得する事に成功する。
それほどまでに非日常を好むハルヒというわけか。七夕はよっぽどのエサ(非日常)だったのだろう
この世界での古泉はハルヒに気があるらしい。魅力的な人だと言った所から。
ハルヒはただ単に転校生というだけで連れているだけらしいがw
何の属性もないキョンの事を気に入っているのは相当なモノだと思いますよという古泉
多分、この映画のオリジナル台詞「
うらやましいですね」
電車?か車の音でかき消されていてか細い音量でしたが確かに言っていました。
実は映画の最後の方でもう一度古泉が「うらやましい」と口にするのだが、これはどういうことなのだろうか?
時系列が前後するが後者はただ単に入院して想いやってくれる人の多さを羨んでいるだけに思えますが前者を含めるとなかなかそうもいかない。
ハルヒ単独に向けて羨んでいるように思われる。
日常の世界だからこそ出た古泉の本音と捉えれば人格は大きく変わっていない
非日常の古泉もまたハルヒに想いを寄せていると言う解釈も出来る。
何故それを恋敵のキョンに直接言ったのか。それはその方が双方ともにイイという事を古泉自身も認めているのではないだろうか。
話は戻して
こっちの世界
(日常)のハルヒは聞き及んだSOS団を作ろうとする。その行動力は変わりないようです
短パンの古泉に失笑しつつもみくるを携え、現文芸部室へ駆け込む
5人全員が揃いPCが自動で起動する。栞に書いてあった鍵が揃ったのだ。
キョンが入部届けを返すと悲しそうな顔をする長門、そんな顔しないでくれよー
日常の長門はキョンと一緒に本について語らいたいのだろうな。
ここでキョンはSOS団の一員であることを改めて思い知らされると同時に元の世界(
非日常)へと帰りたいと願う
・他作品との類似点この辺の描写は多くの他の感想でも書かれている通り
うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマーと似ている点が多々あると思われます
簡単にこちらの作品を紹介すると、とある世界に連れていかれた主人公たちは
初めはそのような世界を享受するも次第に荒廃していき人々も姿を消して行く
夢を作り出し実現させる者により主人公は夢のような楽しい世界を体験させ誘惑するも
愛する者の居ないこの世界などに意味などなく、現実へと戻ることを決意する。
元の世界に戻ったと思いハッピーエンドの主人公だがそこはまだ夢の世界だったというオチ
(最後のは色々な捉え方があるのですがそれについてはここでは置いておきます)
またビューティフルドリーマーは文化祭前日を永遠ループするのですがエンドレスエイトにも似ている点があります
別にパクってる!と声高に叫びたいのではなくて作品として面白いなと。
気になる方はぜひ拝見することをオススメします。
キョンはSOS団の一員であることを強く感じ
また元の世界
(非日常)へと帰りたいと強く願います。
そのために長門から用意された緊急脱出プログラムに対して肯定で返します
・緊急脱出プログラム後〜コンビニという安心感無事に起動したプログラム、その先にたどり着いたのは3年前の七夕
ここで某ニコニコ動画で一躍有名になったコンビニが何度か出てくるのですが(映画上、都合3回と多い)
コンビニという施設は現代人には必要不可欠であり、、ある程度の時間と場所は変わらない安心感があります。現代ならではの演出と言えましょう。
映画ではよく携帯電話の形状や高層ビルなどで文明が図れるのですがこれもその一つだと思います。
3年経っても変わらないモノ、それはキョン以外にもあったのです。
話はそれまして、
3年前の七夕と言えば中学生ハルヒと一緒に校庭で幾何学模様を書いた日だ
そこではみくる(大)がいるのだが何故か全てを知っているようだ
高校での苦難はいつかきっといい思い出になる。 時間を考えさせられる台詞だ。
ベンチではみくる(大)から聞こえないほどの声で囁かれる。憂鬱でも似た描写がありましたね。
過去のハルヒとキョンの状況に齟齬がないように手を加える
「忘れないでくれよーハルヒ。俺がいたことを」と言いながら去るキョン
細かい部分ですが非常に大きな意味を持つこの描写
3年後の途方にくれていた自分とハルヒとをつなぐ唯一の接点なのですから。
仕事を終えたキョンとみくる(大)は長門宅へ助けを求めに行きます
そこでこの大掛かりな事件を引き起こした犯人への衝撃的な事実(映画ではこの時点ではまだ犯人の正体は伏せられています)を知らされます。
3年後の時空が乱れた後にワクチン?のような銃を撃ち解決せよと指令が下る
・ついに決着!?メタ表現での自問自答再び3年後へと戻り時空を乱した犯人とご対面する。犯人は意外にも長門有希その人。
エラーの蓄積により取り除けないほどのバグが発生、その結果このようなになったとの事。
そこには非常に人間味を帯びた長門有希が立っていた。
ここでキョンには最後の選択に迫られる。この映画の肝となるシーンだ。
窓に映る自分の姿に問われます。(この映画では事あるごとに鏡やメガネに反射するシーンが数多く登場していました。)
元の世界(非日常)に戻るのか、それともこのままの世界(日常)を受け入れるのか。普段の斜に構えていた自分。ハルヒの事をウザイとか鬱陶しい存在だと思っていた。
SOS団の存在自体もそうだ、なんでこんなことを自分がしないといけないのだ、と。
いや、違うのだ。そうじゃない。
そんな生活を自分は楽しんでいたのではないのか?
ハルヒが居るからこそ、それこそ普通に人間には訪れもしない退屈のない日々がやってくるのではないのか?
ここで出てくる
無限に連なる改札機と一枚の栞そして入り口には日常のSOS団達
作中や古泉の証言ではこれはパラレルワールドではなく世界次元が崩れたモノだと示されていましたが自分はそうは思わずこのシーンから何か別の並行世界があるのではないかと思えて仕方が無いのです。
それこそ、長門やみくるが活発だったり古泉が根暗、ハルヒが無口な世界もあるのではと(想像もつきませんがw)
一人のフィクションとしての主人公ではなく、キョンという人物がそこにはあるのです。
栞を切符に日常のSOS団からは決別し元の
非日常へと帰るのですが
(ここでの長門はとても寂しそうだったのが印象的)
これはフィクションであればおよそどんな作品でも言えるのではないでしょうか。
どんな人だって一度は非日常への憧れを持ったことがあるし、退屈な日々を変えたいとも思っている人が多いと思われる。
例えば魔法や超能力がある世界、お金持ちになったりハーレムな世界になったりと自分の思い通りになる世の中にしたいと。
それに加えてキョンはハルヒに対しての想いもあるでしょう。
SOS団を大量の物質で破裂させたのはそんな当たり前の事に気付かなかった自分への怒りや自分の中でのSOS団の存在の大きさ、元の
非日常へと戻りたい思いが募ったものが具現化したのではないかと思います。
・話はいよいよ終末へ
長門を守るという使命を持つ朝倉さんとの小競り合いの末、昏睡状態に陥るキョン
ここでかすかな意識の中、自らの声が聞こえそのまま気絶します
このシーンでの伏線回収は映画ではなく原作第七巻の陰謀にて行われます。
気になる方はどうぞ〜
目が覚めれば病室に居る
世界は元に戻ったのだ。三日三晩付きっきりのハルヒにキョンがまずした事は
ハルヒの顔を撫でること。
ハルヒ自体、寝袋で触れられるとしたら顔しかなかったってのもあるかもしませんが
とりあえずキョンは
ハルヒの存在を自らの手で確かめたかったのではないでしょうか?この三日間で想像でしかなかった非日常のハルヒ
それに触れることで安心感を得たのではないか。
極めつけはサムデイインザレインにて顔にイタズラ書きのくだりを逆の立場でしているということ。
ここまでしてくれたら文句ないでしょう。
・最後のクライマックス甲○病院の屋上にて長門と今回の事件についての話をする
長門の処分を決めている情報統合思念体に喧嘩をする
ここはキョンの男気が垣間見れますね。
そして雪が降ってくるシーンですが
「雪」とつぶやくキョンに「有希」が反応し恥じらうイントネーション的に関西では「有希」の方だと思ったのですが(そもそも舞台が神戸だろっ!)
これは意図していると思われる。
ニクイ演出だ。
そして最後にお礼をする長門。今までからは考えられなかった行動だ。
この辺の作画というか3Dはさすがだと思った。
最後にハルヒの特製鍋を食べる直前で本編は終了
・ラストシーンの謎スタッフロールの後、一分ほどの追加シーンがありました。
内容は長門が図書館で本を読んでいる中、
男の子が図書カードを女の子のために作ってあげる。
それを見て読んでいた本を口元まで隠すように上げるというシーンなのですが
これは自分も同じようにキョンに図書カードを作ってもらった境遇を重ね微笑んだのでしょうか?
出会った頃の長門は他人に興味がなかったが
パソコン部との対決やサムデイインザレインで感情が出来つつあった
この一件からもしかしたら
長門には少しづつ感情が芽生えているのかもしれませんね。
余談ですが男の子の服に「RETURN」と書いていたのですが
どういう意味なんでしょうか。
コメント欄にて返答・感想と今後の展開やっぱおもしれぇわ
音楽も良かったし、たまに作画が、ん?という所もあったけれども大満足
何より長門の恥じらう姿が良かったですね
谷口が結局クリスマスどうなっていたのかは描かれていませんでしたがw
EDはものすごく考えさせられました。
これについてはまたの機会にということで!
映画冒頭と映画の最後にSOS団部室へと歩くキョンと
SOS団の扉を開ける三度のシーン。
同じ学校の背景で一見して変わりないように思われますが圧倒的に違うのはキョンの心
今まではただの傍観者であったが、これからは事件の当事者として動くこととなる。
ハルヒの作品に関しては一区切りがついたと思います
早く原作さえ読めればもう不満はない。
最後に
EDの歌詞原案として名前が出ていた谷川流氏
彼が消失していなかったことを心から案ずる。